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  志芸の会公演 ■第四回 新春を寿ぐ「翁」と「狂言」の会  
 
     
 
     
 
       
 
         
 
  世阿弥の《翁》
 

 《翁》について世阿弥は『申楽談義』の中で息子の元能にこう語っている。
 本日の舞台に即して言うならば、まず烏帽子・直垂で先頭に登場する面箱持ちは、称美の対象となる大切な役柄。格好よい若者がふさわしい。
 

 翁の役は長老ではなく、一座を代表するものがつとめるべきである。派手でなく、しとやかな出立が大事である。装束は正色(赤・黄・白・青・黒)で、金襴は望ましくない。一同揃うと、世阿弥当時は橋掛かりの端で扇を取り直して礼をした。今は正先で行う。
 

 千歳(当時、露払いと称す)は、観世流のやり方通り、ツレが舞う。当時は名人の狂言方槌太夫が舞った。

 「ひろばかりや」以下は都風で、このころから地謡が謡った。
 翁が舞い終わって、面をはずすのは後見の役目である。袴の裾を取って装束を直し、正面にうやうやしく礼をして退場する。
 

 三番三(大蔵流の書き方)で、見物を笑わせるなどはもってのほかである。
 世阿弥以前には式三番と言われ、このあと父丞・延命冠者が続いたのだが、それについての言及がないのはその頃既に現在の形のように整理されたようである。
 

 「翁さび人なとがめそ狩衣今日ばかりとぞ鶴も鳴くなる」は『後撰集』在原行平の歌であるが、片桐洋一氏は「和歌で寿ぐ場においては、翁がふさわしいからである。寿ぎは翁の仕事だったのである」と説く。悠久の時を想いながら、どうやら《翁》を見ないと新年を迎えた気分にならないようである。
 

 《昆布売》は売り声を平家節・小歌節・踊り節などに謡いわけるのが聞きどころ。
 《釣針》は、西宮に参詣して大勢の妻や女たちを釣る男の初夢か。これだけの芸達者が揃うと、まさにうれしいお年玉となる。ちなみに《翁》のシテ吉井順一氏は西宮市御在住。
 
 
 
  文 関屋俊彦氏 (関西大学教授)  
 
 
 
   
         
   
 
 
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